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「レッドアローとスターハウス」

原武史著「レッドアローとスターハウス」を読む。

東京の西郊を疾走する、西武鉄道の特急電車「レッドアロー号」は、西武的なモノの一つの象徴であるという。西武鉄道は他の電鉄会社と違い、宅地開発に積極的でなかったため、沿線に巨大な公団住宅が次々と建てられたようだ。なかでも「スターハウス」と呼ばれる星型住宅は、団地時代の到来を告げる記念碑的な建物であるらしい。

少年期に沿線の団地を転々として過ごした著者は、堤康次郎という資本家の政治意識に浸透された西武沿線と、その内側に出現した団地という二つの空間に生まれた、アイロニカルなドラマに注目している。

堤康次郎は大の親米派であり左翼嫌いであるにもかかわらず、ある時期の西武沿線は政治思想的にも(自治会活動)、建築的にも(集合団地)ソビエト的な方向に傾斜してゆき、ついには、団地の同質空間に規定されて生じてくる住民たちの政治意識が現れ始める。それは堤の思想と逆行するかたちの、何とも皮肉な結果であったという。トケオ

Photo 「レッドアローとスターハウス」 新潮社

世界はうつくしいと

長田弘(おさだひろし)の詩集「世界はうつくしいと」(みすず書房)にある一編の詩。


     「あるアメリカの建築家の肖像」

 家は、永遠ではない。 火のなかに、失われる家がある。

 雨に朽ちて、壊れて、いつか時のなかに、失われてゆく家がある。

 けれども、人びとの心の目には 家の記憶は、鮮明に、はっきりとのこる。

 フランク・ロイド・ライトというアメリカの建築家のことばを覚えている。

 家は、低く、そして小さな家がいい。水平な家がいい。

 地平線のなかにかくれてしまうような家がいい。

 大地を抱えこんでいるような家がいい。

 大方は隅なし。大いなる方形に四隅なし。

 連続する空間が新しく感じられる家がいい。

 風景こそ、すべてだ。 風景という、驚くべき本の中の本。

 体験だけが、唯一、真の読書であるような本。

 そのような美しい本であるような家。

 そうして、明るい日の光の下で、影という影が、淡いすみれ色に変わる家。

 フランク・ロイド・ライトは戦争を憎んだ。 

 戦争はけっして何も解決しない、世界をただ無茶苦茶にするだけだ、と。

 建築家が愛したのは、地球の文法であり、すべての恐竜たちが滅びさった、

 風のほかは、何もない大草原であり、石灰岩の丘であり、

 サグアロ・サボテンと花のほかは、何もない砂漠だった。

 Photo カバー画 カスパー・ダーヴィド・フリードリヒ

                           「墓と柩とミミズクのいる風景」

 

 

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