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東京の地霊

  先日、亡くなった鈴木博之氏の「東京の地霊」という本を読んで、東京の街歩きを始めたのは、20年ぐらい前のことだろうか。特に職場があった上野界隈をよく歩いたものだが、いま読み返してみても、やはり面白い。 

 例えば、「寛永年間に東叡山寛永寺が上野に設けられたのは、上野が江戸城からみて東北の方角(丑寅の方角)、つまり鬼門にあたっていたからだ。年号を寺号にする例は、延暦年間に創建された京都の比叡山延暦寺がある。寛永寺はまさしく(江戸における延暦寺の写し)として、東の比叡山という意味をこめて東叡山と名づけられた。」

  「上野の山の下に広がる不忍池は、比叡山のふもとに横たわる琵琶湖にあたる。不忍池に中の島が作られ弁財天のお堂が建立されたのも、琵琶湖に竹生島という小島があるからだ。」

  「比叡山のふもとに坂本という町があるので、上野のふもとにも坂本という町をつくった。また、上野の山の中腹に建っている清水堂は、その名を京都の清水寺から取り、清水寺と同様の懸造り(舞台造り)となって、斜面から迫り出している。」などなど。

  藤森照信氏の「解説」を初めて読み、鈴木氏のご先祖は江戸開府以来の幕臣で、数代前のご先祖筋の一人が、上野にたてこもり死んでいることを知った。知的な好奇心とは別筋の、鈴木氏の彰義隊への共感についても、今になってようやく理解することができた。(トケオ)

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