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ひとコマ宗ちゃん3 季語は「春泥」

春ですね。

今日の愛媛FCは、ホームでFC岐阜戦、スコアレスドローでした。

次こそ桜満開だ!



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くれぐれも具志堅用高さんではないですよ。

スティーヴンソンの「吉田寅次郎」

 黒川創著「国境」を読む。 「宝島」の作者、スティーヴンソンは、「吉田寅次郎」という吉田松陰の小伝を書いている。松陰晩年の弟子である正木退蔵という日本人と、郷里のエディンバラで知り合い、松陰の話を聞いて感銘を受けたことが、「吉田寅次郎」を書くきっかけであったとか。「吉田寅次郎」で、スティーヴンソンはこう述べている。

  「最後に江戸で囚われの身になったとき、吉田は孤立したわけではなかった。隣の独房にはクサカベという薩摩の志士がいた。クサカベは処刑の場に向かうとき『水晶は、屋根瓦みたいに無傷でいるよりも、砕け散るほうがよいのだ。』という意味の漢詩を付け加えた。」

 「一言しておきたいが、私は、これが、ヒロイックな個人の物語であるとともに、ヒロイックな国民の物語であることを、読者に受け止めそこなってほしくないと望んでいる。吉田を覚えているだけでは十分ではない。大いなる心をいだく紳士たちと同時代に生きてきたのは、愉快なことではないか。」                                                       

 夏目漱石もスティーヴンソンの愛読者であり、こんな歌がある。

 「無人島の天子とならば涼しかろ独り裸で据風呂を焚く」 漱石

  Photo スティーヴンソン

 

ひとコマ宗ちゃん2

昨日の愛媛FC、ホームで東京ヴェルディと対戦。

2-1で今季初勝利!

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ダジャレです・・・。

しかも、かなり苦しい・・・。

う~ん、バボラ!!

ザラブ星人

  庵野秀明監督が選ぶ「初代ウルトラマンのエピソード」という記事が、今日の愛媛新聞に出ていた。

  特に思い入れがあるのは、ザラブ星人が偽ウルトラマンに化ける「遊星から来た兄弟」だそう。庵野監督は、「ザラブ星人の『仕事で地球を滅ぼしに来る』という感覚が斬新でした。彼らは人間が憎いのではなく、文明を持つ知的生命体がいたらできるだけ早く滅ぼすという任務を淡々とこなそうとしているだけです。」と語っていて、全くの同感でした。

  庵野監督は子供心に「こういう仕事があるんだ」と思ったことも覚えているとか。さすがですね。(トケオ)

 

  Photo_2  ザラブ星人

 

ひとコマ宗ちゃん

今日の愛媛FC、アウエーのアビスパ福岡戦は1-1でドロー。

先制されるも、今季初ゴールで追いつきました。

後半押していただけに、惜しい展開でした。

 

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成島柳北のおびえ

  長谷川尭著「建築旅愁」を読んでいたら、前田愛著「成島柳北」について書かれている部分があり、これがとても面白かった。

  明治5・6年頃、維新政府の岩倉使節団による行動記録「米欧回覧実記」と、同時期の成島柳北による渡欧日記「航西日乗」の内容は、極めて対照的である。

  岩倉たちは新しい国家の権力者として学ぶべきもの、例えば陸軍士官学校、ヴェルサイユ宮殿、下水道、砲台、兵営、公園、建築学校、鉱山学校、国立銀行、織物工場などを見学している。一方の柳北は、美術館、キャバレー、劇場、監獄、寺院などを見学している。

  岩倉たちは「取り締まる者」の論理のなかで、それらの建築物に出会い、柳北は「取り締まられる者」たちが関わっている様々な建築物を、ある種の同情を込めて描きだしている。

  柳北は自分自身を法律の執行者としてではなく、その反対に捕らえられ、ブチ込まれる側の者に特有のおびえのなかで「航西日乗」を書いている。パリの監獄にどことなくホッとした風情をみせているのは、柳北自身が「これならどうにか住めそうだ」と実感したからだろう。ちなみに、柳北の子孫に俳優の森繁久弥がいる。(トケオ)

  Photo_2   成島柳北

お絵描き宗ちゃん

昨日の愛媛FCのホーム開幕戦、水戸ホーリーホックに2-0で負けてしまったニャ。

納豆なんか、嫌いだニャ!

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ちょっとお絵描き機能を使ってみたかったのニャ。(宗)

ミヤーン打法

香川オリーブガイナーズから中日に入団した注目のルーキー、又吉克樹投手の記事を読んでいて、懐かしい名前を発見した。担当スカウトの正岡真二さんである。

  かつてドラキチだったし、正岡選手は今治南高出身でもあったからよく覚えている。応援歌「燃えよドラゴンズ」では、「ミヤーン打法の正岡」とか「華麗な守備の正岡」などと歌われている渋い選手だった。

  1981年のシーズンに、宇野選手がヘディングした時は、うずくまる宇野選手を尻目に、二塁手の正岡選手が素早く中継に入り、打者走者を本塁で刺した。

  1982年9月28日、9回裏2-6から巨人の江川投手を打ち崩して同点とし、延長戦の末サヨナラ勝ちした劇的な試合で、最後にホームベースを踏んだのも正岡選手だった。あの試合で多くのドラキチが、久しぶりのリーグ優勝を確信したことだろう。ちょうど、名古屋の女子大生2人が歌う「待つわ」という曲が大ヒットしていた頃だ。(トケオ)

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東京の地霊

  先日、亡くなった鈴木博之氏の「東京の地霊」という本を読んで、東京の街歩きを始めたのは、20年ぐらい前のことだろうか。特に職場があった上野界隈をよく歩いたものだが、いま読み返してみても、やはり面白い。 

 例えば、「寛永年間に東叡山寛永寺が上野に設けられたのは、上野が江戸城からみて東北の方角(丑寅の方角)、つまり鬼門にあたっていたからだ。年号を寺号にする例は、延暦年間に創建された京都の比叡山延暦寺がある。寛永寺はまさしく(江戸における延暦寺の写し)として、東の比叡山という意味をこめて東叡山と名づけられた。」

  「上野の山の下に広がる不忍池は、比叡山のふもとに横たわる琵琶湖にあたる。不忍池に中の島が作られ弁財天のお堂が建立されたのも、琵琶湖に竹生島という小島があるからだ。」

  「比叡山のふもとに坂本という町があるので、上野のふもとにも坂本という町をつくった。また、上野の山の中腹に建っている清水堂は、その名を京都の清水寺から取り、清水寺と同様の懸造り(舞台造り)となって、斜面から迫り出している。」などなど。

  藤森照信氏の「解説」を初めて読み、鈴木氏のご先祖は江戸開府以来の幕臣で、数代前のご先祖筋の一人が、上野にたてこもり死んでいることを知った。知的な好奇心とは別筋の、鈴木氏の彰義隊への共感についても、今になってようやく理解することができた。(トケオ)

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3月のお休み

遅ればせながら、3月のお休みです。

3月9日(日)、16日(日)、23日(日)、30日(日)です。

さてJ2開幕という事で、愛媛FCは2日のアウェー横浜FC戦をスコアレスドロー。
後半早々退場者を出す苦しい展開の中で、貴重な勝ち点1をゲットしました。
守備は上々、でもシュート2本は寂しいので、次のホーム開幕戦は攻撃陣の奮起を期待しています。(ポン酢)

 
 
 

わしも玉遊びが大好きなのニャ。

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ほやけん、愛媛FCの応援を、

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よろしくお願いしますニャ。

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ペコリ。(宗)

Pisces Brothers

ビーチ・ボーイズのマイク・ラブ(3月15日生まれ)が作った「Pisces Brothers」(魚座生まれの兄弟)という曲がある。1968年の3月に、ジョージ・ハリソン(2月25日生まれ)やドノヴァンらとインドに行って、マハリシのもとで過ごした時に作った曲だ。

マイク・ラブとジョージ・ハリソンは魚座生まれだから、一緒に誕生日を迎え、周囲の皆が花火やケーキを用意して、大きなパーティを開いたようだ。「Pisces Brothers」は、そのときの思い出をマイク・ラブが歌にしたものだ。

マイク・ラブは「いろんな状況が悪くなってしまう前の、うっとりするような魅力的な時間だった。ただもう楽しくて感動的だった。それは私にとって特別な時間だったんだ。」と語っている。

「Pisces Brothers」は、とてもロマンチックで素敵な歌だから、ぜひ一度聴いてみてください。(トケオ)

 Cokemachineglow_7855 「魚座生まれの兄弟」

 

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