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さようなら名古屋球場

もう一回だけ坪内道則(1913~1997)が動いているところを見たのは1996年のこと。

それは「さようなら名古屋球場」みたいな企画の巨人とのOB戦で、ピッチャーの別所毅彦と2人合わせて156歳っていう対戦でした。最初で最後、私はとうとうバッターボックスに立つ坪内をみることができて嬉しかった。寮長時代の教え子牛島和彦が、坪内が打つと同時に代走として一塁に走りだしていました。
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コメント

私などの年代だと、中日球場(中日スタヂアム)→名古屋ドームという印象なんだけど。
途中で名古屋球場と名前が変わっているんですかね。
最近いろんなことを片っ端から忘れてしまうからなあ。

調べてみたら、なかなか複雑な事情があるみたい。中日球場は1951年に全焼火災しており、満員の観客の中には高木守道もいたらしいです。かといって山本正之の「燃えよドラゴンズ」の歌詞には中日球場で登場するしね。それから正しくは漢字表記ではなくナゴヤ球場、ナゴヤドームらしいです。

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