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近藤貞雄の松山キャンプ

昭和21年、巨人のエースだった近藤貞雄は焦土と化した松山にキャンプでやってきている。

坊ちゃんスタジアムはまだなくて(あたりまえか)、松山市営球場もなくて(昭和23年にできた)、道後球場(今の文教会館の上手あたり)でのキャンプだったらしい。
近藤が道後の街で遊んでいて、進駐軍のジープにひかれそうになって側溝に転落し、ガラスの破片で右手中指の腱を切断する大ケガを負い、しかも敗戦直後の混乱期にあって迅速な治療が受けられず、神経に深い傷を残してしまうのはこの時のこと。
千葉茂(松山商~巨人)によれば、この事件が巨人による「別所毅彦引き抜き」の原因になったのだとか。
近藤の右手中指は生涯、第2関節から先が曲がったまま元に戻ることはなく、独特の3本指で投げる「疑似チェンジアップ」(パームボール)はこうして産みだされたという。
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